遣唐使船は竜骨を用いない平底のジャンク船に
遣唐使船は竜骨を用いない平底のジャンク船に似た箱型構造で、簡単な帆を用いていた。横波に弱く無事に往来出来る可能性は低いものであった。4隻編成で航行され、1隻に100人程度が乗船した。
後期の遣唐使船の多くが風雨に見舞われ、遭難する船も少なくはない命懸けの航海であった。この原因を航海技術が未熟であったためとする見方が主流であるが、佐伯有清は遣唐使船の大型化、東野治之は遣唐使の外交的条件を挙げている。東野によれば、遣唐使船はそれなりに高度な航海技術をもっていたという。しかし、遣唐使は朝貢の使いであるという性格上、気象条件の悪い6月から7月ごろに日本を出航(元日朝賀に出席するには12月までに唐の都へ入京する必要がある)し、気象条件のよくない季節に帰国せざるを得なかった。そのため、渡海中の水没、遭難が頻発したと推定している。
遣唐使一行(『延喜式』大蔵省式による) 大使・副使・判官・録事・知乗船事・訳語生・請益生・主神・医師・陰陽師・絵師・史生・射手・船師・音声長 新羅、奄美訳語生・卜部・留学生・学問僧・傔従・雑使・音声生・玉生・鍛生・鋳生・細工生・船匠・柂師・傔人 挟杪・水手長・水手など。
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唐では874年頃から黄巣の乱が起きた。黄巣は、洛陽・長安を陥落させ、斉(880年 - 884年)を成立させた。斉は短期間で倒れたが、唐は弱体化して首都・長安周辺のみを治める地方政権へと凋落した。
このため遣唐使は、894年(寛平6)の派遣が菅原道真の建議により中止された。907年(延喜7)には唐が滅亡し、遣唐使は再開されないままその歴史に幕を下ろした。